娘が産まれて「ザ☆娘命!」
の子育てがスタート。
昭和的な表現である。
大事に大事に育てた娘があっという間に大きくなり今年結婚、さみしい気持ちが強く娘の幸せを中々応援する事ができないでいた。
娘が2歳の頃にまりちゃんという若いお姉さんが現れた。
私以外に初めて娘がなついたまりちゃん。
そしてそのまりちゃんのおかげで私は本日子離れする事ができたのだ。
一体まりちゃんはどんなアドバイスをしてくれたのか?ブログにしてみました(*^^*)
- 娘の誕生、溺愛、全力子育て
- まりちゃんが現れた
- 2歳半の娘の言葉
- 本日子離れ宣言
娘の誕生、溺愛、全力子育て
娘が産まれて私の心配性は更に忙しくなった。
エアコンは当たりすぎていないか、ガーゼは口をふさいでいないか、窓から変な虫は入っていないか、干した布団は暑くないか、家の中でも心配が盛り沢山、車に乗るとなると夏前の窓を開ける季節では、走行していると風が苦しくないか、信号待ちでは暑くないか、チャイルドシートは苦しくないか、などだ、現代程機能性が優れていないベビー用品だ、ま、私の子どもの頃はチャイルドシートなんてものはなかったけど。
とにかく心配性なので大変だった。何もかも小さい赤ちゃん、鼻の穴も小さい、ちゃんと息をしているのか時々鼻の穴の前に指を当てて生存確認をしたり。
命がけで子育てをしていると言っても過言ではない程、全力子育てだった。1人目長女だしねw。そして少しずつ大きくなると表情豊かになり笑顔を見るともっと見たい、きゃっきゃっと笑うともっと大声で笑う所が見たい、と母はいつも思っていた。
まりちゃんが現れた
ある日、まりちゃんという姉の親戚、21歳の女の子が現れた。
バイトをしながら看護師の勉強をしているらしく、姉の家にしばらくいるそうだ。
ん?まりちゃんて親戚にいたっけな?
まりちゃんは子どもが大好きでその日は半日娘と遊んでくれた。娘がもっと遊びたいと言ったので姉の家に初めて1人でお泊りをする事になった。
翌日姉からの連絡で保育園を姉の家の近くに変えた方がいいと言うのだ、優柔不断なところがある私は早速転園の手続きをした。
2歳半の娘の言葉が刺さった
そしてあのお泊りの日から娘は我が家には帰らず、まりちゃんの送迎で保育園に通っていると言うのだ。
私は娘が生まれてからこの日まで娘の顔を見ない日はもちろん1日もなかった、娘が姉の家に行ってから1週間近くたった頃、私はあまりの寂しさに我慢が出来ず大声で泣いていた。
そして
保育園の先生も急な転園にとても残念がっていた。
よく考えたらなんで保育園まで変わったのか?
記憶を辿ると姉が保育園も変わった方がいいと言い、手続きをしたのは確かに私だ。
それにしても娘がいないこの状況はおかしい。
理解が出来ず姉に連絡をした、
「なんで保育園まで変わらなあかんだん?娘と離れて暮らすのはおかしいわ。」
姉は私の質問には答えずに
娘はまりちゃんがいるから帰らない、と言っていると言うのだ(@@)
そんなはずはない、1日も私と離れて過ごした日はない、本当は早く迎えに来て欲しいと思っているはず!私は気づけば姉の家にいた、玄関から娘とまりちゃんの笑い声が聞こえた。
私は笑い声を聞きながら想像していた。
私の姿を見つけたら娘は
「かあちゃん!」と呼んで
「早く帰ろう」と言って飛びついてくる想像をしていた。
私は娘の名前を呼びながら部屋に入った。
娘は一瞬私を見た、確かに見た、見た、見ただけ。
え?え?え~?うそやろ。
私は娘に
「お母さんに早く会いたかったやろ?早く帰りたかったやろ?」
すると娘は表情ひとつ変えずに言った言葉に私はフリーズした。
「かあちゃん、人の気持ちを決めつけたらあかんよ、母ちゃんの事は大好きやけど私は今はまりちゃんがいいの!」
2歳半の娘の言葉である
私の予想は大きく外れた、外れたどころか娘の言葉が刺さりまくっていた。
本日子離れ宣言
娘の冷静な表情で言った言葉は私の心にぐさぐさっと刺さりまくった。
私は一気に白黒の世界に放り込まれた。ショックとさみしい、辛い、暗い世界だ。
2歳半の娘、いつも私にくっついてトイレに行く時も着いてきて「かあちゃん、かあちゃん。」と言っていた娘。
私はよく”一心同体少女隊”と言っていた。昭和すぎ・・・
そして私は気づかされた。
娘の気持ちは娘にしか分からない。私の予想通りの気持ちではない。
私の思い通りの気持ちでは決してないという事。
そしてここで目が覚めた。
夢だったのだ。
私は夢の中で大号泣だった。
夢で良かった。
夢だった。
夢の中の2歳半の娘の言葉
「母ちゃんの事は好きやけど、人の気持ちを決めつけてはいけない。」
この言葉は、私の心に深く刺さった。
結婚をして、家を出て新生活の娘。この現実を私は中々受け止める事ができずにいた。
結婚の話が出てから当日の結婚式も他人事の様にわざとふわっとそこに居る感じにしていた、
休みの日にムクと3人でおでかけ、親子で笑うツボもおなじ、娘は何でも話してくれる子だった。娘もきっと寂しいに決まっているはず。そう思っていた。
母である私の事は好きなハズ、でも娘のそこの気持ちは娘本人だけが知っている。
そう、私が分かる事ではない。
娘の幸せを願い育ててきた、母親として娘と出逢った旦那様に感謝をして、そして応援しようと思った。
そして、
本日子離れ宣言をします!
最後までお読み頂いた方へ
大切に大切に育ててきた娘が
「ちょっと行ってくるわ」位の感覚で 結婚、新生活をスタートさせた。
残された母は娘のいない新生活だ。娘が予定がない日はほぼ毎日一緒に夕飯を食べていた。夕飯も張り切る事ができた。今は適当な夕飯だ。
そんな中の今回の夢のお話、とてもリアルで娘が私を選ばなかった場面はショックすぎて大号泣だった。夢と分かった時は、本当にほっとした。
お子様が結婚で家を出て新生活をスタートさせる我が子の幸せを素直に喜ぶことが出来ない方がもしみえたら、笑って、泣ける今回のブログを読んで少しでも元気になって頂けたら嬉しいです。
最後までお読み頂きありがとうございました。