87歳の母は脳梗塞を2回患い後遺症で難しい会話はできない。2回目の入院、退院の時に医師に今までと同じような生活はできないと言われた。幸いに身体に不自由はないのだけれど。会話、動作などがテキパキできなくなるとの事。
去年息子と娘が2人ほぼ同時期に実家を出たので残ったのは私と母と愛犬ムクだけになった。
娘、息子は幸せな結婚で新生活がスタート、私は要介護1の母との生活がスタートした。
身体が元気なので感謝をするところだけど笑い話や困った話もどちらも同じ反応の母親との毎日は時々切なくなる。
私が離婚をして実家に戻った時、子ども達は小学校低わ学年だった。私は残業をして稼いでいたので母が毎日夕飯を作ってくれていた。その頃は父も元気だった。
父は脳梗塞で半身不随で病気も患い入院生活から自宅には戻る事ができなかった。
子育てがひと段落して第二の人生・・は、親の介護生活。
「手がかからない親なら楽でいいじゃない」とよく言われるけれど、実はそこには「静かな寂しさ」があるのだ。
そんな毎日の生活の様子をブログにしてみました。
同じ様な環境の方がブログを読んで
「私だけじゃないんだ。」と思って頂けたら幸いです。
- 気づきが早くて良かった、母の異変
- 「ふ~ん」で終わる会話。家の中から消えた笑い声
- 救いになっている「ムク」の存在と、週2回のデイサービス
- 同じように「静かな孤独」を感じているあなたへ
早めに気づいてよかった母の異変
母は私が子どもの頃からママさんバレーをして年齢的に無理になると次はよさこいサークルに入ってお祭りなどに参加する人だった。自治会のイベントではバリバリ仕切っていた、声が大きくて元気だった母。
就職で息子が遠く他県に住んでいる頃、母は1度目の脳梗塞で入院をした。
介護施設で介護士の経験がある私は母の異変にすぐに気付いた。
仕事を終えて帰宅すると母の顔がぼ~としていて食事の用意をするのに
「カレーライスのお皿を用意して」と言ったらめちゃくちゃ小さいお皿を出してきた。
それでも倒れている訳ではないので
あれ?どうしたのかな。
という程度だった。
次にあれ?と思った出来事は
食事中にお皿にある唐揚げを手で食べようとしていたのだ、母に声をかけても反応が薄かった。
娘にも母の様子を気にかけて欲しいと伝えた。
その後は寝るだけだったので特に気づきはなかった。
翌朝、母がガラケーを持ってかたまっていた。
いつもは姉2人になんでもないメールをするのが日課だった。メールのやり方を忘れた。と言うのだ。
私は職場に電話をした。
母の様子がおかしいので病院へ連れて行きたいので休ませてほしいと。
すぐにかかりつけの病院へ行った。
待合室で看護師さんからの聞き取りが終わるとバタバタとし始めてすぐに診察室に呼ばれた。
私は母の昨日の異変から今朝のメールのやり方を忘れた話をした。
先生は母にいくつかの質問をするとすぐに
「紹介状を書くので○○病院へ行ってください。」と言われた。
検査で脳梗塞と判明、気づきが早かったので後遺症はほぼなく2週間の入院となった。
退院後2週間は歩くのも怖いと言っていたけど薬の処方も手伝ってかみるみる元気になっていった。
娘と私は出来る限りの家事は2人で分担をした。
そして母の介護認定の申請をして、介護ベッドを予約した。
「ふ~ん」で終わる会話。家の中から消えた笑い声
母は退院をして1か月もすると心身ともに元気になった。
先生が言うように難しい会話は返答に困る様子が多くなった。
いつもの私の仕事の愚痴、笑い話、むかつく話、母の返事は全て「ふ~ん。」なのだ。
モノタリナイ。
母は私が離婚をしてからは父と一緒に子ども達を遊びに色々な所へ連れて行ってくれた。
子ども達は「おじいちゃん、おばあちゃん」に優しい。
それは大人になってもそうだ。
私が母にイライラしていると2人は
「そんなに怒る事ではない。」とまで言う程だった。
4人で暮らした時間、
とても貴重な大切な宝物となった。
娘と息子は私と母とムクを泊りがけの旅行に連れてくれた。
泣けるほど大切な時間となった。

救いになっている「ムク」の存在と、週2回のデイサービス
介護認定がおりて母は要介護1となった。
ケアマネージャーさんがついてくれた、デイサービスの利用も週2回通う事になった。
母が要介護となり、子ども達が家を出る事になった。
私はもうひと踏ん張りしないといけない状況となった。
ワンオペで子育てしてきて親の介護もワンオペだ。
でも世の中には同じような境遇の人が沢山いる、親の介護ワンオペも初めてだ。
父の母親(私の祖母)の介護は父が健在だったので父と母2人での介護をしていた。今の介護環境とは対応もかなり違うけれど。
母より私の方が経験を積んでいる事になる。
まだ始まったばかりのワンオペ介護、弾む会話はもちろんない、テレビを見ていても感情はない様子、母も私もスポーツ観戦が好きなはのでサッカーやバレーボール、野球の放送がある日は一緒に見ているけれど、感情は動いていないので私が大きな声で実況中継をしている。集中して観たい。そしてモノタリナイ。
唯一小さな笑いが起こるのはムクだ。9歳の女の子トイプードルムクは年を重ねるごとに人間の言葉が分かる様子で行動もまるで
「人間やん!」と言う事が度々ある、その様子を見て母も笑う事がある。
ムク!持ってるわぁ~。ほんと、いいポジションにいるよ!
まじ感謝!ありがとう!
子ども達の結婚、新生活、新しい家族、母の介護、新しい仕事、色々ある、色々あるけど生活は地味である。
小さな幸せ、笑いをみつけて明日も地味にがんばるしかない。

まとめ:同じように「静かな孤独」を感じているあなたへ
脳梗塞の後遺症は軽かったけど水分を摂る様に、なるべく人と話す機会を作る、軽い運動をする、など気にかける事が必要だ、私はパートと言え、夕方まで仕事で家にいないのでデイサービス以外の日は夏は冷房のスイッチが入っているか、暖房になっていないか、母は自分で食べる事ができる、でも私が食事を用意をしないと何もできない。
極端に言うと倒れていないか、など気に掛ける事と言うより見守りが必要な事が増えた。
母は自分でできる事は多いので「楽やん。」と言われる事が多い。
ただ今までのちょっとした「楽しい会話」ができないのである。
この事は私の「静かな孤独」である。
最後までお読み頂きありがとうございました。
同じ様な環境の方が
「私だけじゃないんだ。」と思って頂ければ幸いです。
先の見えない生活ですがちょっとした楽しみを見つけて(ちなみに今はバレーボール男子を応援しています)暮らしています。
子ども達からのプレゼントお出かけ編youtubeはこちら↓
入院前の元気な母が登場しま~す(*^^*)/
