娘の結婚式が近づいてきて、最近よく子育てしていた頃を思い出します。
でも思い出すのは、キラキラした思い出ばかりではありません。
毎日必死で、「ちゃんと育てられてるんかな」と不安だった記憶の方が多い気がします。
- 毎日子ども達が喜ぶ顔が見たくて過ごしていた
- 周りと比べて落ち込むことも多かった
- それでも子どもたちは見ていてくれた
- 今だから少しだけ、自分を認めたい

毎日子ども達が喜ぶ顔が見たくて過ごしていた
明日は娘の結婚式、既に籍を入れて引っ越しもしているからか実感がない。というか初めての子どもの結婚式で花嫁の母なのだ。
※パパなのだ~
ややこしいけど言いたくなったw
パパはいないのだ。
私は何より離婚してからというもの一生懸命子ども達を育てて、一生懸命仕事をしてきた。
休みの晴れた日は公園に出けて できるだけ太陽の下で遊ぶをモットーにしたりママ友の子ども達も仲の良いグループでお出かけしたり常に子ども達が喜ぶ顔が見たくて過ごしていた様に思う。

周りと比べて落ち込むことも多かった
近所の公園に行って遊んだりはできても年に何回かディズニーランドへ行くと言うママ友家族の事は羨ましかった。それはできなかったからだ。
子ども達は何も言わないけど幼い頃なので情報が伝わってないだけで私はお土産をもらうたびに落ち込んでいた事は確かだ。
それでも子どもたちは見ていてくれた
離婚した時、子ども達は小学生になっていたので工場で毎日残業をして働く事にした。ボーナスあり、子ども達の夏休みに合わせて10日の夏の休み、冬の休みもあったからだ。
そして今までできなかったディズニーランド、USJ、新しくできた飛行場、コルテオ鑑賞、いきものがかりのコンサート、SMAPのコンサートなどチケットが必要で1泊が必要な計画を立てて出かける余裕ができた。身体はしんどいけれど何より念願の子ども達とお出かけができるので私はとても嬉しかったことを覚えている。
子ども達は覚えていないというけれど私は当時、計画を立てて準備をして子ども達が当日喜んでいる姿を想像してワクワクしていた事も覚えている。
あの時以来、ディズニーランドもUSJも私は行けていないのだが。子ども達が友達と行く予定を立てて出かける年齢になったからだ。
修学旅行代の積み立てが始まり、まさに私は他の子と同じように過ごせる様に一生懸命働いた。そして子ども達が同じように参加できている事が嬉しかった。
この頃の私の気持ちは子ども達は知らないと思っていた。
今回娘の結婚式で世間一般と同じようにお祝いをする事ができない事実がある。
息子に相談すると
こうして結婚式ができるような大人になった事、お母さんには今まで育ててくれた事の感謝しかないよ。お姉ちゃんも同じ気持ちと思う。と言ってくれた。
当日は堂々と母親として出てくれたらそれでいい。と言ってくれたのだ。
そして娘に打ち明けるとお祝いが少ないとかそんなことは思わない、それよりお祝いはなくてもいいよ、お母さんにウエディングドレス姿を見て欲しいだけやで。と言ってくれた。
私は涙が止まらなかった。
世間一般と同じようにできない事が悔しいのか子ども達の言葉が心に刺さって嬉しいのか分からないがとにかく大泣きした。
今だから少しだけ、自分を認めたい
母としてできるお祝いをする事にした。そして堂々と参列しようと思った。何より娘の花嫁姿をしっかりと見ようと思った。
娘の旦那様はとても優しい子で怒ったり一切しない子、2人が出逢えた事に感謝して娘の幸せをお祝いしようと思う。
そして今まで子育てをしてきた自分を認めて褒めてあげたいと思う。
母は結婚式に備えて肌を整えておこうかな(*^-^*)
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「いよいよ明日は娘の結婚式|子育てしていた頃を思い出す」
をお読み頂きましてありがとうございます。
私は娘の結婚式のお祝いを前もって充分に用意する事ができない事に落ち込んだ。世間並みにして初めて母親の最後の見届ける姿となるのだと思っていた。
娘は
「お祝いはいらない、当日は花嫁姿をお母さんに見て欲しい。と言ってくれた。ここまで育ててきた事に感謝をしているのだから。」
といわれた時は号泣した。
娘の気持ちを聞くことが出来てよかった。この出来事で涙は既に当日分も流れた。
世間一般の
「母親としてのお祝いの金額」
の検索は簡単に出来るけれどそれまでの家族の在り方はAIも知らない。
私は娘に息子に相談して良かったと思っている。そして娘、息子からの言葉を聞くことが出来て良かった。母なりの精いっぱいのお祝いをして当日を迎える事にした。
