娘の結婚式が近づいてきて、毎日が少しずつ特別な時間になってきました。
嬉しい気持ちが一番大きいはずで、幸せな嬉しい事やな。と話が出るたびに友達に言われる。
しかし!私は正直嬉しい気持ちよりさみしい気持ちの方が大きいのである。
ここだけの話にしておくけれど。
今まで娘のイベントには誰よりも早く一番良い席をゲットして鑑賞してきた。
そして成長した娘を観て感動して泣いたりもしていた。
それが娘にとって人生の晴れの舞台結婚式。私はあまり触れても欲しくない気持ちにさえなっている。
今回は、そんな今の正直な気持ちを書いてみようと思います。
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- 嬉しいはずなのに、ふとさみしくなる瞬間がある
- これが「空の巣症候群」なんかなと思った
- それでもやっぱり「幸せになってほしい」と思う
- 今この時間も、大切にしていきたい
嬉しいはずなのに、ふとさみしくなる瞬間がある
娘から結婚すると聞いたときは正直さみしい気持ちの方が大きかった。
素直に喜べない母親ってどうなん?娘の幸せを喜べやんってどうなん?だめやん。と落ち込んだくらいだ。
やはり結婚する。という話だけでは娘を奪われた気持ちになる事がわかった。
挨拶も来ていないし、付き合っている時は家の前まで来ているのに挨拶もしてないやん。と娘にも言ってしまった。
ところがお会いすると私やおばあちゃんにも優しく、素直に
「おめでとう。娘をよろしくお願いします。」という気持ちになった。
でも日が近づいてくるにつれて、ふとした時にさみしさを感じることがあります。
一緒に過ごしてきた時間を思い出したり、これから生活が変わっていくことを考えたり。
ほんの一瞬ですが、胸がきゅっとなるような感覚があります。
これが「空の巣症候群」なんかなと思った
よく聞く「空の巣症候群」という言葉。
正直、自分には関係ないと思っていた。
でも今になって、少しだけその気持ちがわかる。
子どもが自立していくことは、とても喜ばしいこと。
それでも、心のどこかにぽっかりと穴があいたような感覚になるのは、自然なことなのかもしれない。
それでもやっぱり「幸せになってほしい」と思う
いろんな気持ちがあるけれど、最後に残るのはやっぱりこれだった。
「幸せになってほしい」
親の勝手で父親の姿がない環境で過ごす事になってしまった子ども達。
いなくていい父親はいなくてよかったんだけども。
不憫な思いをさせない一心、明るく楽しく、人としての大切な事はきちんと伝えてきたツモリ。
でも家族の在り方としてさみしい思いはさせてしまったと思う。
娘の新しい人生、幸せに自分らしく歩んでいってほしい。
親としてできることは、きっと見守ることなのかなと感じています。
今この時間も大切にしていきたい
小さな命を授かり娘が産まれた。なんて可愛いのだ!ぷく~とほっぺを膨らませて唇を尖らせて、かと思えばもぁあ~と伸びをしてあくびをする。どの姿も愛おしい。そして何よりパーツが何もかも小さい。私が守ってしっかりと育てないと。母親になった事を実感していたけどこれから始まる子育ては何もかもが初めてだ。期待と不安の子育てがスタートした。途中でやめる事はもちろんできない。命を授かったのだ。私はこの子を守る、と心に決めて必死に育ててきた。
大切に育ててきた娘が結婚、幸せを願う気持ちはもちろんだけどなんと言ってもさみしい気持ちだ。一生懸命育ててきた大切な娘。新しい家族を築いていく事は自然な事、頭では分かっていても心から嬉しい気持ちにはなれない。娘との時間を今この時間を大切にしたい。
そんな気持ちも含めて、今のこの時間も大切な思い出になっていくのかなと思っています。
まとめ
娘の結婚式が近づく中で、いろんな気持ちがあることに気づきました。
嬉しさ、安心、そしてさみしさ。
特にさみしさは触れてはいけないw 涙腺崩壊級だ。
どれも大切な感情なんやと思います。
同じような気持ちの方がいたら、「自分だけじゃないんや」と少しでも思ってもらえたらうれしいです。

muku
綺麗でいたい、大切な日のために

