借金返済、リウマチの痛み、そして終わりの見えない夜勤。かつての私にとって、家族旅行は選ばれた人だけが許される「贅沢品」であり、一生縁のないものだと諦めていました。 しかし、子供たちが自立した今、待っていたのは想像もしなかった未来でした。 「見送る側」だった私が、初めて「招待される側」になった日。愛犬ムクと一緒に過ごした、世界一贅沢な県内旅行の思い出を綴ります。
- 「旅行」が遠い夢だった、あの頃の現実
- 突然届いた、子供たちからの「招待状」
- 県内の宿で過ごした、世界一幸せな時間

「旅行」が遠い夢だった、あの頃の現実
「旅行」は遠い夢だった、あの頃の現実 借金返済とリウマチの傷病手当での生活。日々の暮らしを守るだけで精一杯で、旅行のパンフレットを見ることさえためらっていた当時の心境。自分を責めていた気持ちを少しだけ書きます。
「子どもたちをどこにも連れて行ってあげられない」 そして連休に入ると同僚は夫婦で旅行の予定、計画の話を周りに聞こえるように話していた。ひとごと~ってひとごとなんだけど。(笑)うらやましく思ったり。そんな時は「あ~どこも行ってない~!」と気づけば残業帰りの車の中で叫んだり。私にとって旅行は、選ばれた幸せな家族だけが許される「贅沢品」だったのです。一生、この子たちにそんな景色を見せてあげられないまま終わるのだと、本気で諦めていました。
振り返れば、子どもたちは学校行事で奈良、京都、東京、九州、北海道と、日本のあちこちを旅行していた。積み立て代は学年が上がるたびに高くなっていった。思い出した!離婚してからまだ正社員の仕事が決まっていなくてパートだった頃、集金の日に間に合わなくて担任の先生に給料日まで待ってもらうようにお願いしたことがあった。先生は事情も知っていて「用意ができたらで大丈夫ですよ。」と言ってくれた。こういう事って20年経っても覚えているもんなんだな~。そう思うと担任の先生をはじめ周りの人にほんと助けられてたな。あの頃は必死に子育てをして脳内はお金の心配が常にあった。
あ~まだまだ思い出してきたわ。大体なんで修学旅行の時期に受験シーズンと重なるんや。お金いりすぎやわ。「え~無理や。私立受験の納付金ている?入学を決めるなら納める事でいいんちゃうん。て本気で思ったわ。寄付金やん。こんなん。って思ってたら今は納付しなくていい高校もあるとかないとか。知らんけど。
あ~もっと早く制度変えてほしかったわ~。セツナ。
突然届いた感動と感謝の「招待状」
自立した娘と息子が、私の想像もしていなかった計画を立ててくれました。
「お母さん、ムクも一緒に旅行に行こう。私たちが全部出すから」
その言葉を聞いたとき、驚きと同時にこんな日がくるなんて!と嬉しい気持ちが込み上げたと同時に自立した娘と息子が1人数万円もする旅行の計画を立ててくれたのです。離婚をしてさみしい思いをさせたのは私、フビンな思いだけはさせないように働いてきた。でもこんな贅沢な旅行、ご褒美をもらうのは違うのでは?と思った。しかもムクも一緒に泊まる事ができるなんて!そう口にする私に、二人は笑ってこう言ってくれました。 「今まで頑張ってくれたお礼だよ。ゆっくりしてムクも一緒に楽しもう!」
そう、いつも2人はお金がないとは思わせない生活をさせてくれた。と言ってくれます。
20年間、必死で走り抜けてきた私の背中を、この子たちはちゃんと見ていてくれたのかな。そう思った。実際はお金がなくて走り続けていたのだけども。。。
今では思い出して笑い話になっているけど夕飯で餃子を焼いたら「ひとり何個?」といつも聞いてきた。セツナ。3つずつ。スーパーに行った時はお菓子コーナーで「おかあさーん、ナンエンまで~?と普通に大声で聞いてくる2人。ちょ~いちょいちょい、せめてナンジュウエン?と言って~。。。とかね。セツナ。
あれから20年。感無量。なが~いトンネルを抜けたような崖を登ったり深い水の中にもぐったりひたすら平地を走ったり、見えないゴールをめざしていた。うまく呼吸ができない時もあった。不安でメンタルをやられたり、全身が痛いリウマチになった。でもいつもこども2人が見守ってくれた。良く言う母親が子を見守る。と言う言葉があるけれど私はいつの間にかこども達に見守られてゴールが出来たようだ。もちろんおじいちゃん、おばあちゃん、ムク、沿道の登場人物は沢山いる。時には立ち止まって給水は必要。そしてどんな時も前を向いていれば風が背中を押してくれる時もある。
そしていよいよ息子が帰省するタイミングでムクも一緒に旅行に出かける日がやってきた。夢の様な大切な幸せな時間をありがとう。

世界一大切な幸せな時間

muku
それでは最高のプレゼント旅行編☆動画みてみてね~(*^-^*)/~
音量を上げると効果音の音量が大きいのでびっくりするかもです。(*- -)(*_ _)
最後まで読んで頂いた方、ご視聴頂いたあなた様へ
最後までお読みいただき本当にありがとうございます。
20年という月日を経て、ようやく叶ったこの旅行は、私にとって「再出発」の合図でもあります。離婚をして子育て真っ最中の時は長く暗いトンネルの中にいるようでした。追い打ちをかけるように病気を患い、思うように働く事ができず収入もままならず、なぜこんな人生になってしまったのか。と落ち込む日が多々ありました。もちろん子ども達は宝物、大好きで私が守らなければ誰が守るの!と言う強い気持ちで子育てをしてきました。小さな幸せには感謝の気持ちも忘れずにいました。でもやっぱり「幸せってなに?」「ずっとこんな生活?」と思わずにはいられませんでした。この子達は果たして私の選んだ人生に巻き込んで幸せと感じる事があったのかな。とまた落ち込んだりの日々。
子ども達が社会人になり、2人で計画を立てて家族旅行のプレゼントをしてくれる日がくるとは思っていなかったです。
人生は何が起こるか分からない。でもこれからも今目の前のできる事をして決してふてくされずに人生を楽しんでいこうと思います。
どんなに遠い道のりでも、あきらめなければ辿り着ける場所がある。 この記事が、何かに挑戦しようとしている方や、今を一生懸命に生きているあなたの力になれば幸いです。
また次の記事でお会いできるのを楽しみにしています!

