かつては「おもちゃの地雷原」だったリビング、怒鳴りながら片付けたあの日。夜勤明けの体で、子供の小さな表情の変化を見逃さず、笑顔を守ることだけに必死だった20年間がありました。 二人の子供が自立し、初めて迎える静かすぎる年末年始。あんなに欲しかった「自由」と「静寂」を手に入れた今、私の胸に去来する想いと、隣に寄り添う愛犬ムクちゃんとの新しい日常を綴ります。
- 「嵐」のようだったあの日々:おもちゃと叫び声と、夜勤明けのキッチン
- 怖いお母さんが、絶対に譲れなかった「子供の笑顔」
- 静寂の中に響く時計の音と、ムクちゃんのぬくもり
「嵐」のようだったあの日々:おもちゃと叫び声と、夜勤明けのキッチン
「大人同士の会話がしたい」 「自分だけの時間が、10分でいいから欲しい」 「この騒がしさは、一体いつまで続くの……?」子どもたちが小さかった頃、私は毎日そればかり思っていました。 200万円の学費を稼ぐための夜勤。言うことを聞かない子どもたち。
正直に言えば、当時は「早く終わってほしい」とさえ願っていた、あの嵐のような日々。
だけど、20年という月日が流れ、子どもたちがそれぞれの幸せを掴んで家を出た今。
目の前にあるのは、あの日あれほど切望していた「静寂」と「自分だけの時間」です。 皮肉なものですね。 いざ手に入ってみると、実家のリビングは広すぎて、時計の音があんなにうるさかった日々が、どれほど愛おしかったかに気づかされるのです。
目の前に広がるのは、一点の曇りもない、静かなリビングの床。
以前の我が家は、まるでおもちゃの地雷原でした。 脱ぎっぱなしの靴下、散らばったブロック、誰のものか分からないプリント。
夜勤明けで体は鉛のように重い。 「ねえ、誰がこれ片付けるの!? お母さん一人で全部やると思ってるの!?」
気がおかしくなるような怒りと情けなさで、叫びながらおもちゃを箱に放り込んだあの日。 早くこのカオスから抜け出したい。早く、誰にも邪魔されない静かな部屋で横になりたい。
あの時、あんなに喉から手が出るほど欲しかった「片付いたリビング」が、今ここにあります。
完璧に片付いたこの床を見て、私が感じているのは達成感ではなく、 喉の奥がツンとするような、やるせない寂しさなのです。
「地雷」だと思っていたあのおもちゃたちは、実は、子どもたちが元気にここに生きていた、輝かしい証拠だったのだと、今さら気づかされています。
お風呂の時間も、私にとっては「戦い」の場所でした。
自分の頭を洗うのは、まるで早送り。 二人の子供たちを滑らせないように、冷やさないように、目を離さないように……。 一人でお風呂に入れ、体を拭き、着替えさせ、ドライヤーをかける。
湯船の端っこに腰掛けて、ただ子供たちを見守るだけの時間。 「お風呂にゆっくり浸かって、はぁ〜っと息を吐ける日は、一体いつになったら来るんだろう」
湯気の中で、そんな遠い夢を見ていたあの頃。
そして今。 私は、誰にも邪魔されず、いつまででもお風呂に浸かっていられる時間を手に入れました。
だけど、あんなに熱望していた「一人のバスタイム」は、驚くほど静かすぎて、 広く空いた洗い場を見るたびに、狭くて騒がしかったあの頃の熱気が、無性に恋しくなってしまうのです。
自由は手に入ったけれど、心はまだ、あの「戦場」に置いてきてしまった。 そんな矛盾の中に、今の私はいます。
日曜日の朝。世間がゆっくりと眠りについている時間。 夜勤明けの私は、重い足取りでキッチンに立っていました。
容赦なくやってくる、部活の遠征や試合の早起き。 節々が痛む手で、お米を研ぎ、揚げ物をし、お弁当箱を埋めていく。
自分のまぶたがくっつきそうなのを必死にこらえながら、 「あぁ、目覚ましをかけずに、泥のように眠れる日はいつ来るんだろう」
終わりの見えないマラソンを走っているような、そんな絶望に近い疲れの中で、私はただひたすら包丁を動かしていました。
今、私は日曜日の朝に、好きなだけ眠ることができます。 誰のためにお弁当を作る必要もなく、目覚まし時計に急かされることもありません。
だけど、あんなに待ち望んだ「ゆっくり寝られる朝」なのに、 ふと目が覚めると、もう作る必要のないお弁当の献立を無意識に考えていたりするのです。
キッチンから聞こえていた包丁の音も、子供たちの「行ってきます」という声も、 今ではもう、私の記憶の中にしかありません。
リビングのテーブルは、学校から配られたプリントでまるけ。 隅っこには、開いたままの教科書と、ちっとも進んでいない宿題。
「宿題やったの!?」「いつまで遊んでるの!」
鬼のような顔をして、声を荒らげる私。 ふと鏡に映った自分の恐ろしい表情を見て、胸が締め付けられることがありました。
母親がこんなにイライラして叫んでばかりいて、この子たちは優しい子に育ってくれるだろうか。 私のせいで、この子たちの性格が歪んでしまったらどうしよう。
自分の不甲斐なさと、将来への不安。 夜勤の疲れでボロボロの心に、さらに「自責の念」が追い打ちをかけていました。
だけど、20年経った今。 あの時、私の怒鳴り声を聞きながら育った子供たちは、 二人とも驚くほど優しく、誠実な大人になりました。
そして今、それぞれが選んだ大切な人と、幸せな家庭を築いています。
怖いお母さんが、絶対に譲れなかった「子供の笑顔」
完璧な母親じゃなかったけれど、叫びながらも、必死で彼らのためにご飯を作り、学費を稼ぎ、生活を守り抜いた。 その「泥臭いまでの愛情」を、子供たちはちゃんと肌で感じて、受け取ってくれていたのです。
当時の私には、もう一つのプレッシャーがありました。 「シングルマザーだからこそ、父親の役割もしなければならない」
厳しくしつけなきゃ、なめられないようにしなきゃ。 そんな思いが、私をより「怖いお母さん」にさせていたのかもしれません。
だけど、どんなに怒鳴っていても、私の目はいつも子供たちを追っていました。 いつもより静かな事、声をかけてもどこか上の空。
「……何かいつもとちがう?!」
私の予感は、いつもビンゴ。 学校で嫌なことがあった、友達とぶつかった。 そんなサインを見逃すことは、絶対にできませんでした。
「そのままにはしておけない」
夜勤明けの眠い目をこすりながら、担任の先生に連絡を入れ、子どもの話をじっくり聞く。 怖いお母さんだったけれど、私は彼らの「一番の味方」であることだけは、きっちり伝えて何か困ったことがあれば話してほしい。どうしたらいいかを3人で考えよう。と話し合った。どれだけ疲れていても仕事があっても一度も手放しませんでした。
静寂の中に響く時計の音と、ムクちゃんのぬくもり
そして、子供がいない初めての年末年始。
実家の静かな部屋で、ふと思います。 あんなに叫んでいた日々も、必死で担任に電話したあの瞬間も、すべては彼らが「幸せに生きていくための土台」を作るための、私の戦いだったのだと。
二人は今、自分たちで幸せを掴み取り、家を出ました。
周りの人は喜こばしい嬉しい事やね。と言います。でも私はまださみしい気持ちが大きいのです。どの親も同じ気持ちかもしれませんが結婚の報告も引っ越しの話もへぇ~。ふぅ~ン。と言う風に聞いていましたがぶっちゃけしっかり聞かないようにしています。え。今も?はい。今も。受け入れるのは時間がかかりそうです。だってそれは全力で子育てしてきたのですから。
母親として初めてのイベントがまたやってきたのですがきっちりとした、しっかりとした母親として受け入れる事ができないで~す。(笑)しかも2人同じ年に結婚、引っ越しですよ。。あ~た。それはそれは夢かだれか、よその子の話にしか思えません。もちろん我が子の幸せを願って一生懸命育ててきたのですが。はい。最後の難関がやってきました。この件の答えは分かっています。私の人生をしっかりと歩むこと。です。
私を選んで生まれて来てくれてありがとう。奇跡です。ダメなところはいっぱいあるのにおかあさんのところへ来てくれてありがとう。一緒に過ごした毎日は楽しく幸せを感じる日は少なかったと思うけど一緒に暮らした生活はかけがえのない世界に1つの家族の思い出です。嬉しい事、悲しい事、サプライズ好き家族、おじいちゃん、おばあちゃん、お笑い好き、引っ越し、金魚鉢をそのまま持って引っ越し。書ききれないのでこれも記事にします。(笑)
傍らでムクが、優しく私を見守っています。 20年間の嵐が過ぎ去った後の、この静かな時間を、これからは自分のために大切に使っていこうと思います。
最後まで読んでくれたあなたへ
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
今、もしあなたが、言うことを聞かない子供たちに声を荒らげてしまい、夜、一人になったときに「どうしてあんなに怒っちゃったんだろう」と自分を責めているなら。 どうか、そんなに自分を追い込まないでください。
私も、かつてはそうでした。 散らかった部屋で、ボロボロの体で、限界まで一人で踏ん張って、気がおかしくなるほど叫んでいた「怖いお母さん」でした。
でも、今ならわかります。 あの時、怒鳴るほど一生懸命だったのは、誰よりも家族を愛し、必死に守ろうとしていたから。 お母さんが一人で「お父さん役」まで背負って、肩に力が入りすぎていただけなんです。
自分の都合で怒ってしまった時は気持ちが落ち着いたら私は子ども達に謝っていました。
そして欠かさずしていた事があります。今日はどんな日だったかを3つ言ってもらっていました。下の子は「普通」が多かったですが。。ふつうって。。。(--;なんでもいいので教えて欲しいな。と伝えていました。お姉ちゃんの話が長かったので弟は「フツウ」で、はしょってくれてたのかな。いや違うな。
あと数分でもいいので本気で遊びました。遊び終わってまた怒鳴っているのですが・・でもそんな日の子ども達の寝顔は安心してすやすや眠りにつくのが早かったです。
私もムクも応援しています!